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京都地方裁判所 昭和34年(ヨ)411号 判決 1960年2月11日

債権者 中田義一

債務者 国

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

債権者の本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

債権者代理人は、「債務者が京都府舞鶴市白浜所在海上自衛隊舞鶴地方総監部の弾庫入口警衛詰所前の道路上に設置した遮断機に対する債務者の占有を解いて債権者の委任する執行吏に保管させる。執行吏は右遮断機を通路開放の状態に於て保管し、その旨公示しなければならない。債務者は債権者が右警衛詰所前の通路より債権者所有土地への通行を妨害してはならない。」との仮処分の裁判を求め、その理由として、次の通り述べた。

債権者は舞鶴市大字長浜小字カツラ七百二十一番地の三、宅地三千六百六十七坪五合の土地を昭和三十三年十月二日競落許可決定により所有権を取得し爾来所有しているものである。右土地は末尾添付の図面に赤線で囲んだ部分であつて、同図面に示すように舞鶴湾に突出した半島の略西端に在り西側は債務者所有土地を経て海に、南側は直接海に、北側は債務者所有の山林に囲まれているため、舞鶴市への陸路は債務者の所有地で海上自衛隊の施設内にある図面表示の赤線で表示する通路を使用するより他に通路がないのである。

しかるところ、債務者は右通路の北側の山中に弾庫があるためと称して右通路の舞鶴市街よりの入口にある自衛隊警衛詰所前、末尾添付図面表示の(イ)の地点に遮断機を設けて右通路を閉塞し、前記債権者所有地に行く者は勿論一切の通行人に対し、自衛隊発行の通行証を所持せぬ者の通行を阻止しているのである。

しかしながら、債務者の右措置は不当である。即ち右通路は公の図面にも通路として表示され債務者所有の施設内に在るとは言え公衆の自由に通行しうる所である。そのことは債務者が弾庫として使用している地域はもと旧軍用地であつたのを自衛隊に転用したものであるが、その際右通路敷地だけは一般人の通行することを考慮して自衛隊でなく財務局の保管にされていることからも窺えるし、仮りに右通路が道路法に言う道路でないとしても、債権者所有の土地は前記のような債務者所有土地に囲まれた袋地であつて右通路が公道に達する最短距離にあるから、少くとも債権者にはここを通行する通行権がある。しかるに債務者が右通路に遮断機を設けここを通行するには自衛隊発行の通行証の所持を要求することは、自由なるべき右通路の通行を不法に制限するものであるばかりでなく、剰え自衛隊に於て通行証を発行する際通行証受給者の住所氏名性別生年月日は勿論通行目的までも調査しているのであるから、かくては右債権者所有土地の円満な所有権行使は妨げられ右土地の利用価値は著しく低下しているのであつて、かかることは債権者に対する右通行権引いては土地所有権の侵害である。そこで債権者は債務者の前記措置による妨害排除請求の本訴提起を準備中であるが、債務者の右不法な妨害を排除する緊急の必要に迫られているから、請求趣旨のような仮処分を求める次第である。

尚付言するのに本件債権者所有土地はもと軍用地であつたのを昭和二十二年頃京都船舶工業株式会社が一時使用の許可を受け船舶の建造修理等の事業に使用中昭和二十六年払下げを受けその後順次川又四郎、松本虎太を経て債権者の所有となつたものであつて、海上自衛隊が前記付近の土地の使用を始めたのは昭和三十年であるから当時すでに本件民有地のあることを承知していたのであるから右債権者所有の民有地の所有権を侵害しても尚且保安上前敍の措置をとる必要があるなら右民有地に対する相当の補償の下にすべき筋合であるのに自衛隊に於てはこれをしていない。

債務者は弾庫に常時七干数百トンの弾薬が格納してあり右弾庫に万一事故のあるときは舞鶴全市全滅の災害が生ずるから事故防止のため前記の措置は已むを得ないところであつて、これがため債権者に多少の不便はあつても債権者に於て忍ばねばならないと主張するが、本件通路付近の地形並に民家の所在等の状況は前記図面の通りであり、弾外薬等の貯蔵については火薬類取締法並に付属法令があり自衛隊等国の施設とても当然右法令の適用を受けるものであるが、海上自衛隊の本件地区に於ける弾火薬の貯蔵方法は右法令に違反するばかりでなく、弾火薬貯蔵から生ずる事故は必ずしも地上からの人為的の原因のみより生ずるものとは限らないし、それは自然発火や海上或は上空からの不測の原因による場合もあるのである。そして若し万一債務者主張の弾庫に事故が起つた場合は債務者の主張するような災害を予測するに十分ではあるが、それは海上自衛隊が前記法令に違反して弾火薬を貯蔵しているからであつて、このような法令に違反する弾庫の事故による災害と債権者の現に被つている被害とを比較考量して債権者の不便不利を受忍すべきものとすることは到底認容するに足る論拠とはなりえない。また海上自衛隊が前敍の措置を弾庫の万一の事故防止のためしているとしても、その実情は前記図面(イ)点に遮断機を設け警戒員一名位を配置しているに過ぎないのであるから、若し不逞の意図を以つて弾庫に近付うとすれば海上より容易に侵入することができ自衛隊の右措置は実効のない形式にすぎない。かかる実効の伴わぬ形式的な遮断機の設置や通行証の所持呈示を要求する措置によつて債権者の権利を侵害することは許されないところと言わねばならない。」と、

疏明<省略>

債務者指定代理人は、「主文と同旨」の裁判を求め、次の通り答弁した。

「債権者主張の土地はもと債務者の所有であつたが債権者主張のいきさつで払下げられたこと、右払下げ後債権者主張のような所有権移転登記がなされていること、債権者主張の土地の位置四囲の状況従つて右土地が袋地であつて債権者主張の通路が唯一の外部への通路であること、右通路の(イ)点に海上自衛隊が遮断機を設置し原則として自衛隊発行の通行証を所持しないものの通行を阻止していること、等が債権者主張の通りであることは認めるが債権者がその主張の土地の所有権を取得しているかは知らない。従つて債権者主張の土地の所有権者が債権者主張の通路に囲繞地通行権を有することは認めるが右通路が一般人の自由に通行しうる公道であること、及び債務者に債権者主張のような補償義務のあることは否認する。

仮りに債権者がその主張の土地の所有権を有するとしても債務者は債権者の右通路の通行権を妨害し引いて右土地の所有権を不法に侵害していない。そのわけはこうである。すなわち右通路は債務者所有の土地であり、自衛隊の白浜弾火薬庫地帯のほぼ南西側にあつて、右白浜弾火薬庫地帯はもと駐留軍が使用していたのを昭和三十年八月海上及び陸上各自衛隊が引継ぎ使用し右通路は海上自衛隊に於て管理している施設である。右地帯には多数の弾火薬庫があり常時大量の弾火薬を格納しており末尾添付図面に表示する二個所の弾庫についてみれば、海上自衛隊の弾火薬約千八百トンが格納されている。しかもこれらの弾火薬の格納は債権者の言うように法規に違反していない。従つて若しこれら弾庫に爆発事故が起つたときは舞鶴市全滅の被害をあたえるおそれがあるから右地域内に見張所を設け係員による立哨及び動哨の方法で警戒しているのであつて、右通路は弾火薬庫入口の十米ないし十五米の近くを通る部分があり、また右通路よりは容易に弾火薬庫地域に入ることができるので無用の者のみだりな通行を許すことはこれら施設の管理に支障を来たし危険であるので、その入口に遮断機を設け係員をして常時警戒させ通行する必要のあるものには原則として海上自衛隊舞鶴地方総監部発行の通行証の呈示を求めている。そして債権者主張の土地に立入る必要のあるものには申出があり不審の廉さえなければ必ず通行証を発行しまた緊急の場合には通行証なくしても通行を許しているのであつて未だ通行人の身体検査等もしたことはないのであつて現に毎日数十名の者が右通路より債権者主張の土地に立入り作業に従事している。本来右通路は自衛隊の弾火薬庫に付属する施設であるからここを通行するものは弾火薬庫施設の管理者の管理権の制約に服すべきものであつて、債権者の通行権も右制約に服すべきであるから、遮断機が設けられ通行証の呈示を求められることによる多少の不便不利は止むを得ないところと言わねばならない。のみならず自衛隊の前記の措置は施設の性質上の危害を未然に防止し、公共の安全を図るためのものであるから、この公共の安全と、それがための措置によつて被る債権者の右通路を通行する際の不利不便との比較衡量の上から言つても自衛隊の右措置は債権者の通行権の違法な侵害とはならない。

更に前記遮断機の設備は債権者が競落により前記土地の所有権を取得する以前からあつたものであるから競落価格は弾火薬庫や右の設備のあることを考慮の上定められている筈であつて、遮断機があるがために債権者の主張するような損害は生じない。

そればかりではなく、前記遮断機の設備は久しい以前からあるのであつて最近に至つて特に通行の制限を加重したこともないし、債権者も早急に前記土地を直接自ら使用しなければならない計画もないのであるから、債権者がその請求するような仮処分を求める必要性もないのである。

以上の通りであるから債権者の本件仮処分の申請は理由がない。」と、述べた。

疏明<省略>

理由

債権者が舞鶴市大字長浜小字カツラ七百二十一番地の三、宅地三千六百六十七坪五合の土地を所有していることは、その旨の登記のあることが当事者間に争のない事実に徴し推定しうるし、これをくつがえすに足る何らの資料もないから、これを認めうる。

しかして右土地は四囲の状況が債権者主張の通りであつて袋地であること、そして債権者主張の通路が右土地から公道へ通ずる唯一の通路であつて、右通路が債務者の所有土地であること、右通路の入口である末尾添付の図面表示の(イ)点に海上自衛隊が債権者主張のように遮断機を設置して少くとも原則として海上自衛隊発行の通行証を所持しないものの通行を阻止していることは当事者間に争がない。

そこで考えるのに、右通路が債権者の主張するように公衆の自由に通行することのできる公道と言いうるか否か、或は少くとも債権者にその主張するような通行権があるかの判断はさて置いて、成立に争のない疏乙第二号証、証人牧野善保、同五十嵐盛文の証言により成立を認めうる疏乙第三、四号証と、前記各証人の証言とを総合すると、海上自衛隊舞鶴総監部では遮断機のある前認定の(イ)点に立哨を置いて原則として前認定の通り通行証を所持しないものの通行を許してはいないけれども、右措置はそれより奥に海上自衛隊の弾薬庫があるため、右弾薬庫の保安上みだりに人の出入するのを防ぐためのものであつて、正当の用務のあるものには総監部に於て通行証を発行しているし、長期反覆的に出入する必要のものにはその都度ではなく一定期間を限つた定期の通行証を発行しているばかりでなく、ときには通行証を所持していなくても通行の必要のある顔見知りのものには通行を許しているのであつて、現に債権者所有土地上に住宅があり右土地の管理を託されている小松重之夫妻には通行証なくして通行を認めており、且同人方に用務のあるものには夜間と言えども一応氏名をきくだけで通行を許しているのであつて、更にまた右土地でスクラップの選別作業に従事している人々に対しても定期の通行証を発行していることが認められ、海上自衛隊に於て近く右のような取扱を廃止して前記道路の通行制限を強化するおそれのあることを窺うに足る何らの疏明もない。

してみると、仮りに自衛隊の右遮断機設置が債権者に対するその主張のような権利侵害になると仮定してみても、仮処分を以つて今直ちに右遮断機を開放して通路を一般的に開放しなければならない程債権者に差迫つた著しい損害を生じ或は急迫な強暴を来すものと言うことをえないものと考えられる。従つて本件仮処分申請はその必要性がないから他の点の判断をする迄もなく理由がないものとして却下せざるをえない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条により主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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